秘密の城館と、密閉された取調室。

ポーリーヌ・レアージュO嬢の物語」1954

O嬢の物語 (河出文庫)

O嬢の物語 (河出文庫)

O嬢はその恋人・ルネの手引きによって、"ロワッシー"と呼ばれる城館へと連れて来られる。
そこでOは、18世紀の小間使いのような格好をした女性二人に付き添われ、入浴と化粧とを施される。
ここに居る女性は全て、アイシャドーと濃い口紅をつけ、コルセットにふんわりとした大きなスカート、
そして、皮の腕輪と首輪を身に付けるよう命じられる。


またこの女性たちは、この館に居る全ての男性たちに、絶対服従するよう誓わされている。
彼らの望む時にはいつでも、身体を開き、陵辱され、鞭打たれることを受け入れなければならない。


"ロワッシー"には、それ以外にも細かなルールが定められている。
曰くいつでも男たちを受け入れられるように、常に口を半開きにして、また、膝も閉じ合わせてはならない。
曰く男たちの顔を正面から見据えてはならない。

女たちは誰ひとりとして、鍵を持ってはいなかった。
ドアの鍵も、鎖の鍵も、腕輪や首輪の鍵も持ってはいなかった。
が、男たちはすべて、三種類の鍵を一つの輪に通して身につけており、
それぞれの用途によって、ドアでも、どの錠前でも、どの首輪でもあけることができた。

そう、彼女たちを快楽へと導く「鍵」は、常に男たちの手中にある。



ところで、「囚人のジレンマ」という思考実験をご存知だろうか。
逮捕された二人の凶悪犯。
別々の部屋で尋問を受けるが、一向に口を割らない二人。
二人には、以下の司法取引が提示される。


・二人ともこのまま黙秘するならば、二人とも懲役2年とする。
・一人が黙秘していて、もう一人が自白した場合、黙秘した方は懲役15年、自白した方は懲役1年とする。
・二人とも自白した場合は、二人とも懲役10年とする。


全体として考えれば、互いに裏切りあって懲役10年の刑を食らうよりも、二人ともこのまま黙秘して懲役2年を受けた方が得なように見える。


しかし、囚人たちはこのように考える。
もし相棒が黙秘を貫き通すのなら、俺も黙っていれば二人とも懲役2年だ。
しかし、俺が裏切るなら1年で済む。
もし相棒が自白するのなら、俺は黙っていると懲役15年になってしまう。
しかし、俺も裏切るなら10年で済む。
相棒がどう動くにせよ、自分にとっては裏切りをする方が得になる。


こうして二人とも全く同じことを考えた結果、仲良く懲役10年の刑を食らうことになる。



自らをヘヴンへと導く「鍵」は、常に「他人」が握っている。
僕らはいつも「他人」の顔を伺い、「他人」の心中を想像し、彼らが自分を罰してくれることを、あるいは秘密を守ってくれることを望んでいる。

ステファン卿の静かな落ち着いた声が、ふかい沈黙の中で鳴り響いていた。
暖炉の炎さえ、音もなく燃えていた。
Oはソファの上に、ピンで留められた蝶のように釘づけになっていた。
言葉と視線でできたその長いピンは、彼女の身体の中心をつらぬいて、彼女の敏感な裸の臀を生温かい絹の上に圧しつけた。

他人の目によって、Oは蝶になり、また、ふくろうにもなる。
これはおぞましい城館の中や、特殊な取調室だけに適用される話ではない。
もう既に多くの人が気付いている通り、この世界全体は、秘密の城館"ロワッシー"であり、密閉された取調室なのだ。