恋は「する」ものではなく、「落ちる」もの。

秒速5センチメートル
新海誠監督/2007/日本

秒速5センチメートル 通常版 [DVD]

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「ねぇ、秒速5センチメートルなんだって」
「えっ、なに?」
「桜の花が落ちるスピード。秒速5センチメートル。なんだか、まるで雪みたいじゃない?」


転校によって離れ離れになってしまう、貴樹と明里。
自分で住む場所を決めることが出来ないという意味では、
中高生は恋愛において無力な存在だと言えるだろう。
実際僕も学生時代に誰かを好きになった時は、無力な自分自身を発見し、
何度も何度も「早く大人になりたい」と思ったものだ。


しかし僕も大人になった。
経済的に自立して、住む場所も自分で決められるようになった。
だが、果たして僕は、自由に恋愛出来るようになったと言えるのだろうか。
―――とんでもない。
僕は恋愛をする時、ある制約を受けている。
いや、それどころか、ほとんど奴隷状態にあると言ってもいい。



「自由に恋愛をする」というのは、誰もが夢見ることであるが、
それは定義上、原理的に不可能なことなのだ。
この年になって、僕にはそれがよく分かった。


恋とは自分ではコントロールできないものなのだ。
自分で自由になる選択権など、ひとつもない。
例えコントロールできたとしたら、それは恋ではない。
恋を前にして僕は、中学生だった頃と等しく無力だ。


そのくるくる回る膝に、その小さな唇に、触れてみたい。
例えこの指が届かなくても、心は 5cm/s で近付いていく。
―――その想いを止めることなんて、どうしたってできやしない。
恋は「する」ものではなく、「落ちる」ものなのだ。



ずっと文通をしていた貴樹と明里は、大雪の降る両毛線岩舟駅で再会を果たす。
大きな桜の木の下で初めての口付けを交わす。
翌朝になって貴樹は、そのキスの前後で、自分の住んでいる世界が全く変わってしまったことを知る。
そういうキスを知っている、と僕は思った。


「あの・・・、貴樹くん。貴樹くんはきっとこの先も大丈夫だと思う。絶対」
「ありがとう。明里も元気で。手紙書くよ、電話も」