みんなそうやって生きてんだよ。

■SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー傷だらけのライム
入江悠監督/2010/日

伝説のDJ、T.K.Dこと"タケダ先輩"の伝説のライブの地を訪れた
ニートラッパー IKKU と TOM (前作の主人公たち)。
彼らが出会ったのは地元の女子ラッパー5人組だった。


かつては伝説のDJ "タケダ先輩" に憧れて、ラップを始めた5人組、
"B-hack(ビーハック/美白)" だったが、今はそれぞれの道を進んでいる。
実家のこんにゃく屋で働くアユム。
母親の残した借金にあえぎながらおんぼろ旅館を経営するミッツー。
男に貢ぐ風俗嬢のマミー。
群馬の女子ランエボ使いクドー。
政治家のわがまま娘ビヨンセ
―――それぞれ夢破れ、金も、彼氏も、将来の展望も無い。


アユムの呼び掛けによって、そんな彼女たちの胸にひとつの目標が火を灯す。
タケダ先輩が行った伝説のライブの跡地で、B-hack の再結成ライブを行うのだ。
しかし、次から次へと襲い掛かる災難。傷だらけになりながらも、
魂を揺さぶるライム(押韻)を刻んでゆく。



僕の知っている俳優はアユムの父親役の岩松了だけ。限りなく自主制作に近い映画だった。
だがこの映画は、僕の中の何かを揺さぶった。
その「何かを始めてやろう」「何かでっかいことをしてやろう」という思いに感情移入して、
僕はいつしかドキドキワクワクしていた。
そうだよ、映画はワクワクさせなくちゃ嘘だ。


僕が好きなのは、三回あったアユムが橋を渡るシーン。
向こうからアユムがラップしながら一人で歩いてくる。
ある時は期待に胸を膨らませてドキドキしながら、
ある時は焦って急いで走りながら、
ある時は切なくて哀しくて泣きながら。
このシーン、あまりにも感情がストレートに表現されていて、胸がキュンとした。
橋というのは2つの世界を繋ぐもの。
誰もがああいう、自分の感情をストレートに吐き出せる橋を持ってるはずなんだ。
普段は忘れてるだけでね。


Bの部屋で、久し振りにラップをやらされそうになったミッツーが、
「出来るやる訳無いじゃん〜」って嫌がるシーンがある。
だが、最後には乗せらてラップしちゃう。
あぁいう、何と言うか、人が成長して、境界を越えちゃう瞬間。いいなぁ。


絶望のプールの更衣室から出て、歩道橋を上りながら歌詞を考えるシーンも好きだ。
あそこは本当に天にも昇っていくような、上昇気流を感じる。


選挙のパーカーを渡されるとことか、選挙カーでのラップとか、
「なお宜しいやないけ、70万でどや〜」のシーンとか、何度見ても笑っちゃう。



しかし何と言っても圧巻だったのはラストの10分超の長回しだろう。
月並みな感想かもしれないが、このシーンは本当にすごい。
あとで主演のマホちゃんに聞いたら、このシーンは10回くらい撮り直しをしたそうだ。
傍で撮影を見ていたヘアメイクのルミちゃんは、何度見ても泣いてしまったと言っていた。


残りの2人はどうなったんだ、ライブの実現はどうなったんだ、その辺りが物足りない、
という人も居るだろう。
しかし、その物足りない感じがリアルでいい。
ご都合主義の予定調和的な映画はもうたくさんだ。



タケダ岩に向かって泣きながら祈るシーンは、最初と最後に二回ある。
でも涙の意味が全然違う。そして僕はきっと、その両方の涙の意味を知ってる。


だから僕はこの映画を切実だと思うんだ。
「みんなそうやって生きてんだよ」って、お父さんは言うけど、ホントにそうだ。
生きるって、大変なことだ。