我ら人間は、みなカインの末裔なのだ。

有島武郎カインの末裔・クララの出家」1917

カインの末裔/クララの出家 (岩波文庫 緑 36-4)

カインの末裔/クララの出家 (岩波文庫 緑 36-4)

北海道のけわしい荒野から生まれてきたような、野性的で、粗暴、反逆的な放浪民、仁右衛門。
身の丈六尺近い大男で、顔は土気色、当惑した野獣のようでいて、同時にどこか悪賢い目をしている。


どこからともなく流れてきて、ある村に辿り着く。
馬に乗り、妻を連れて、松川農場を訪れ、そこの小作人となる。
礼儀知らずで、乱暴者の彼は、やがて農場の鼻つまみ者になる。
博打に溺れ、近隣の女房を犯し、好き勝手に暴れ回る仁右衛門であったが、
ふいに不運が彼を捕らえ、生まれたばかりの我が子と、自慢の馬を失ってしまう。
最後には農園をも追い出され、再び放浪の旅に出るところで物語は終わる。



題名のカインと言うのは、旧約聖書に出てくる、楽園の追放者の名である。
アダムとイブの長男として生まれ、弟のアベルと共に農業を生業とするが、
自分ではなく、弟ばかりが神の寵を受けていると思い込み、弟を殺害してしまう男だ。
神の怒りに触れ、楽園を追われたカインは、永遠に地上を彷徨う放浪者となる。



神の試練を受けたカインは、きっと今もこの地上のどこかを彷徨っている。
追放されてから数十億年を経た彼の口からは、もう神への呪いの言葉は聞かれないだろう。
謝罪の言葉も消えているはずだ。
追放された理由も、放浪を続ける理由も、すでに忘却の彼方に消えている。
それでも彼は、その足を少しずつ前へと進める。
彼 (カイン=仁右衛門) の胸にはただ、微かに熱狂の後のぬくもりが残っているだけだ。


楽園はどこだ。そんなものあるのか。確かにあったはずだ。俺はそこの住人だったのだ。


しかし、歩みを続ける限り、楽園には到達しない。
やがて力尽き、大地に倒れるその日まで、彼の彷徨は続く。



なぜ人間は原罪を背負い、永遠に楽園を追放されねばならなかったのか。
それは僕らが「肉」を持っているからに他ならない。
肉は熱狂を求める。しかし、必ず腐敗する。


胸の中に小さなぬくもりを感じられるのならば、
それは楽園を追い出された時についた熱狂の爪痕だ。
その爪痕は、永遠の刻印として僕らの足を前に進ませる。
それが人間存在に課せられた宿命である。


忘れてはならない。
地上で放浪生活を行っている我ら人間は、みなカインの末裔なのだ。