僕のレーゾンデートル。

アンデルセン「絵のない絵本」1839

絵のない絵本 (集英社文庫)

絵のない絵本 (集英社文庫)

アンデルセンは、7年戦争の最中に靴職人の家に生まれた。
満足に食べることも出来ないくらいに貧しかったが、少年の心はいつも輝くような芝居小屋のステージを夢見ていた。


家には芝居を見に行くような余裕は全く無かったが、チケット売りのおじさんと仲良くなって、何度もただで舞台を見た。


父親を亡くし、学校に通うことも出来なくなった彼は、舞台俳優を目指して故郷を後にする。
しかし悲しいことに彼には俳優としての才能が全く無かった。
容貌は醜く、ダンスは下手くそで、歌も聴けたものではなかった。
オーディションに落ちた彼は俳優として立身することを諦めなければならなかった。


それでも舞台の輝きを忘れることが出来なかった彼は、今度は劇作家を目指す。
それがダメなら、次には詩を書く。
紀行文を書く。
小説を書く。
結局、彼の名を永遠にしたのは、童話作品であった。


また彼はその生涯の大半を、旅の中で過ごすことになる。
この「絵のない絵本」は、月が世界中の空から見た風景を語る、という形式を取っているが、
その詩情に溢れた美しい情景は、実際にアンデルセンが旅の窓から見た光である。



節操無く職を変え、筆を替え、枕を変えていたアンデルセンであったが、彼自身が変化を求めていた訳ではなかった。
彼が求めたものはもっと単純だ。
彼はただ、友達が欲しかったんじゃないかと思う。
心から信頼し合い、自分の話を分かってくれるような友を。


彼はみにくいアヒルの子であった。
ただ一人の友も無く、多くの恋に敗れ、生涯を独り身のまま過ごした。
その名は文壇に誉高い地位を得てはいたが、孤独の中で、マッチ売りの少女のように死んでいった。


しかしそれでも、生涯絶望とは無縁であった。
一度も筆を折ることなく、語ることを諦めなかった。



僕もアンデルセンと同じだ。
コミュニケーションを諦めちゃいけない。


もし神が僕に使命を与えたのなら、それは伝え続けることだ。
この目が捕らえた光を、闇を。
僕の捕らえた喜びを、快楽を、愛を。
憎悪を、嫉妬を、欲望を。


僕は黙ることなく話し続けるだろう。
声が枯れても、日が暮れても、みんなにおかしいと思われても。
それが僕のレーゾンデートル(存在理由)なんだ。