彼女を突き落としたのは、僕のこの両手だ。

マイケル・ドリス「朝の少女」1992

朝の少女 (新潮文庫)

朝の少女 (新潮文庫)

いつも早起きなことから「朝の少女」と名付けられた少女。
宵っ張りなことから「星の子」と名付けられた少年。
姉弟は心優しい両親と共に、自然豊かな島で暮らしている。


ケンカしたり、心通わせ合ったり、
些細なことが気になったり、小さなことでへそを曲げたりしながら、
少女と少年は少しずつ成長してゆく。


波の音に抱かれ、星の煌きを浴びて、太陽の匂いをかぐ。
時に岩と一体化して永遠を感じ、時に木と一体化して先祖の声を聞く。


やがて物語は急展開を見せ、奈落の底に突き落とされるような衝撃のラストを迎える。



1492年10月12日、クリストファー・コロンブス西インド諸島に到達する。
その瞬間から、西欧人によるアメリカ大陸への侵略は始まる。


南北アメリカ大陸の手付かずの大自然は、西欧人にとってまさに驚異である。
「文明人」たちは狂乱のうちに、処女なる新天地をレイプする。


次々に森林を消滅させ、先住民を虐殺する。
西へ西へそのフロンティア・ラインを押し進めていく。


400年後の1890年、ウンデット・ニーの虐殺を以って、ついにフロンティア・ラインはアメリカ大陸の最西端に達する。


しかし、フロンティア・ラインはそこで消滅した訳ではない。
東へ戻っていった訳でもない。
そのまま海を渡って、太平洋の反対側の小さな島国を爆撃し、二発の原子力爆弾を落とす。
その次には朝鮮半島を分断し、ベトナムには枯葉剤を撒く。
尚も西進を推し進め、現在「フロンティア・ライン」は、アフガニスタンイラクの上にある。



僕たち「文明人」が成したこの所業には戦慄するばかりだ。
しかし、文明を受け入れなければ、タバコに火を付けることさえ出来ない。
僕のこの両手はとっくに汚れている、ということだ。


このアフリカン・インディアンの美しい物語の最後が衝撃なのは、「朝の少女」を待つ運命に暗澹となるからだけではない。
彼女を突き落としたのが、自分自身のこの手だと知るからである。


フロンティア・ラインが世界を一周した時、現代アメリカが象徴する「文明」も終焉を迎えるだろう。
僕らの命運も、もう、あと少しで尽きるということだ。