愛という言葉の葬式。

三浦綾子「帰りこぬ風」1972

帰りこぬ風 (新潮文庫)

帰りこぬ風 (新潮文庫)

三浦綾子の作品は初めて読んだが、掛け値無しで素晴らしい。
しかし僕にはその素晴らしさを伝えることが出来ない。
未読の方には一読を強くお勧めする。


恋に純情な看護婦・西原千香子の書いた日記、という形式で
書かれている小説なのだが、ちょっと抜き出しておく。

五月二日 土曜 晴
明日から深夜で、今日は休み。うちに帰る気にもなれない。寮にもいたくない。一人で裏の円山に行く。桜はまだ。杉木立の小ぐらいような坂道を通って、円山の動物園に行ってみた。明るい日の下に、子供づれの夫婦が多かった。
母猿が子猿のノミを取っていた。動物はいい。彼らはわたしのよしあしをいわないし、わたしもまた、動物に自分をわかってもらいたいと期待していないからなのだろう。といって、人間がこんなにもわたしに無関心なら、到底耐えられないだろうに。
杉井田先生と本間さんの顔が目に浮かぶ。それでも、動物たちを見ているうちに、幾分気がまぎれて、
「愛という言葉の葬式をしたい者、集まれ!」
といいたいような気持ちになっていた。